応募書類締切: 4/30(木)23:59 / SPI: 〜5/10 / 書類選考: 5/14-22 / 一次: 6/5-7 / 二次: 6/13-14 / 三次: 6/20-21 / 入社: 2026/10/1
ビルディング/商業施設・スポーツ・エンタメ/ホテル・リゾート/すまいとくらしの連携/ソリューションパートナー/ロジスティクス/海外事業/DX本部/イノベーション推進/S&E総合研究所
「金融の目利き力を、産業デベロッパーとして事業を作る側で使いたいからです」
「現職で不動産業者向けに担当残高約250億円の融資を担う中で、事業を審査する側ではなく進める側に立ちたいと考えました。御社が掲げる『産業デベロッパーとして社会の付加価値の創出に貢献』という事業観に共感しています。日本橋再生計画のように20年超にわたり多様な関係者と長期協働する街づくりは、私が仙台で四者調整をしながら工場竣工まで伴走した経験と通じるものがあります」
「商工中金で約7年、中小企業金融の最前線で働いてきました。現在は東京支店の不動産課で、約50先・担当残高約250億円のうち約200億円が不動産業者向けです。マンションデベロッパーや戸建分譲、賃貸レジ開発など多様な事業者の事業構造を融資審査の立場から見つめる中で、事業を審査する側ではなく進める側に立ちたいという思いが確かなものになりました。
中でも三井不動産を志望するのは、日本橋再生計画の産業創造、柏の葉の公民学連携、ららぽーとや東京ドームシティまで含めて、街の機能を複合的に設計できるからです。コア事業の成長・新たなアセットクラスへの展開・新事業領域という事業戦略の三本の道が、この統合力の源泉だと理解しています。
この志向の原点は2つあります。仙台で携わった工業団地移転事業で融資の枠を超えて事業推進そのものに関わった原体験と、横浜中山で不動産賃貸業とバッティングセンターを営む実家の存在です。父が商店街理事として地域を盛り上げる姿を見て育ったことが、街づくりへの原風景になっています」
「商工組合中央金庫の相原健人と申します。2019年に早稲田大学政治経済学部を卒業後、商工中金に入行しました。仙台支店で約4年半、中小企業向け法人営業を担当し、東北地方の工業団地移転・区画整理組合案件では、全組合員の融資取りまとめと中小機構の計画策定支援を担当しました。日本生産性本部への短期出向を経た後、現在は東京支店の不動産課でデベロッパー・開発SPC向けのコーポレート融資とノンリコースローンを担当しており、担当残高は約250億円です。直近1年では融資残高70億円超の純増を達成し、支店内増加率トップとなりました」
「事業を審査する側ではなく、事業を進める側に立ちたい。これが理由です。不動産課で多様なデベロッパーの事業構造を審査する中で、金融の目利き力を事業を作る側で使いたいという思いが確かなものになりました。
2025年12月に社内の投資ファンド出向に応募したことが転機で、この過程でレンダーとしてではなく事業推進側に立ちたいという動機が明確になりました。上司からの『本当にストラクチャードファイナンスをやりたいのか』という問いかけを経て、自分が求めているのはスキル領域の移動ではなく、事業に深く入り込む関わり方の変化だと確信しました」
「三井不動産を志望する理由は、街づくりを不動産開発で終わらせず、産業創造まで踏み込んでいるからです。日本橋で産業創造、柏の葉で公民学連携、ららぽーとで地域コミュニティの核、東京ドームシティでスポーツ・エンタメを街づくりに接続している。この事業の幅と統合力が御社の魅力です。
レンダーとしてこれらのアセットクラスを横断的に審査してきた経験を、事業推進の現場で活かせると考えました。三菱地所も真剣に見ていますが、御社の『産業デベロッパー』としてのポジショニングと攻めのカルチャーに自分の気質が合うと感じています」
「強みは、異なる立場の間に立って、それぞれの言葉を翻訳して一つのゴールへ収束させる力です。仙台の工業団地移転事業では、組合員・本部審査・中小機構・区画整理組合の四者を調整し、それぞれの論点を整理して合意形成を推進しました。周囲からは『石橋を叩いて渡るタイプだが、渡ると決めたら関係者ごと連れていく』と評されています。
弱みは、丁寧に詰めようとするあまり判断スピードが遅くなることがある点です。上司の指導を受けて『仮置き→検証→修正』のサイクルを意識的に回すようにしています」
「上期A評価を5期連続で維持しています。2025上期はSPC案件2件新規で残高+約40億円、下期は残高+約30億円・預金+約15億円。15年以上未接触だった首都圏大手分譲マンデベへの新規プロパー融資も実行しました。2026年7月のオフィサー昇格が予定されており、早期登用研修にも同期約80人中約10人枠で選抜されています」
「入社後は早期に収益貢献できる領域を見極めつつ、開発企画でオリジネーションからエグジットまでの一気通貫の経験を実務で身につけたいと考えています。その後、投資マネジメントへのローテーションも視野に入れ、金融と不動産の両面から収益最大化を図れる人材を目指します。10年後には、産業創造型のプロジェクトを率いる立場に挑戦したいです」
「仙台支店時代、東北地方の工業団地移転事業に携わりました。製造業中心の15社で構成される区画整理組合が新工業団地へ移転する案件です。
私の役割は、全組合員への融資取りまとめ、中小機構高度化事業融資の計画策定支援と金融機関保証の付与、移転補償金つなぎ資金(6社・総額10-15億円)の実行を並行して進めることでした。最大の難しさは『言葉の壁』。中小機構の要件を取引先の言葉に置き換え、取引先の状況を課長と共有する――この翻訳の繰り返しを、区画整理組合との折衝週1回・中小機構との面談10-20回で積み重ねました。
金融機関保証3件の同時付与と移転補償金つなぎ資金の実行を完遂し、竣工後に組合員の社長から『相原さんが建てたようなもんですよ』と声をかけられました」
「日本橋再生計画に最も関心があります。20年超にわたり、単なるビルの建て替えではなく街全体の機能を再定義し、産業やコミュニティを育てていくアプローチは、まさに『残しながら、蘇らせながら、創っていく』御社のフィロソフィーの体現だと思います。
また、柏の葉スマートシティにおける『公・民・学』連携のモデルにも興味があります。私が仙台で経験した四者調整――行政機関・民間事業者・金融機関・地域組合が一つのゴールに向かう構造は、この連携モデルに通じるものがあると考えています」
「スポンサー・デベロッパー・SPC・アセットマネージャーの思考回路を融資側で内側から見てきた経験を、案件組成・推進の意思決定と金融機関交渉に活かしていきます。レンダーがどういうロジックで融資判断をするかを理解した上で案件を構成できるので、最適な資金調達戦略の立案やファイナンスの組成段階で貢献できると考えています」
「御社の『さあ、街から未来をかえよう』というメッセージと、産業デベロッパーとして社会の付加価値創出に貢献する姿勢に、自分の仕事観との親和性を強く感じています。
私は融資担当として、常に異なる立場の間に立ってきました。顧客課題を社内審査の言語に置き換え、専門知識を顧客の言葉に変換する。仙台では四者の利害を調整しながら工場竣工まで伴走し、東京ではコーポレート融資とSPCファイナンスの双方から案件の構造を見てきました。この慎重さと推進力の両立を、多数のステークホルダーと長期間協働する御社の街づくりに持ち込みたいと考えています」
「不動産デベロッパーを中心に選考を進めています。三菱地所にも応募しています。御社と三菱地所のカルチャーの違いは理解した上で、どちらも魅力的だと考えていますが、御社の『産業デベロッパー』としてのポジショニングと、アセットクラスの幅広さに特に惹かれています」
「2025年上期に実行した開発型SPCの案件があります。当行の与信制限上限を超える案件で、区画整理の保留地予定地という担保取得関連の説明が難しい案件でしたが、地域金融機関連携の文脈で必要事情と独自性を整理し、本部・融資部と調整を重ねて上限突破に成功しました」
「横浜市中山で、父が不動産賃貸業とバッティングセンターを運営しています。賃貸は91戸、時価8.3億円規模です。2025年に相和不動産として法人化する際に、AIを活用して全物件のキャッシュフロー分析を実施しました。父は商店街の理事も務めていて、街の一角を担う家業を見て育ったことが、街づくりへの原風景になっています。
中山は再開発が進まない地域なのですが、だからこそ地域に根ざした事業の大切さを肌で感じてきました。この原体験が、御社の日本橋再生計画のように長期スパンで街を育てる仕事への共感につながっています」
「私が言う翻訳力は2方向あります。内向きには、お客様のビジネスの実態をデータとストーリーに変換して、本部審査が『この案件は通せる』と判断できる形に整えること。外向きには、金融の専門知識をお客様が理解できる言葉に変換して、資金調達の選択肢を具体的に提示すること。
例えば、15年未接触で民事再生ロス歴のある大手デベロッパーに再接触した際は、スポンサー支援後のガバナンス改善経緯を整理して、本部審査部が懸念しそうなポイントを先回りして解消する資料を作成しました。逆にお客様には、当行が過去のロス歴をどう評価しているかを率直にお伝えした上で、新規取引開始に必要な情報をリスト化して提供しました。この双方向の翻訳が約1年かけて実を結び、新規プロパー融資の実行に至りました」
「ファンドやAMは投資判断と運用に特化していますが、構想から竣工まで一貫して関与できるのは総合デベロッパーならではです。私が仙台の工業団地移転事業で最もやりがいを感じたのは、融資の枠を超えて事業推進そのものに関わった瞬間――つまり、構想段階から竣工後まで一貫して伴走した経験です。この『一気通貫』の手触りを再現できるのは、総合デベロッパーだと考えました」
「ギャップはあります。ただ、私が持ち込める価値も明確です。レンダーとしてスポンサー・SPC・AM・金融機関それぞれの判断軸を見てきたので、案件の収益性と資金調達可能性を同時に見ながら前に進められます。地権者交渉やリーシングは入社後に補いますが、事業採算とファイナンスを一体で捉える力は初日から出せます」
「評価されている今だからこそ、環境要因ではなく意思で転職すると説明できます。処遇ではなく、事業を担う側に移る判断です。融資のレンダーサイドに立ち位置がある限り、事業の推進力を直接発揮する機会は構造的に限られます。29歳でキャリアチェンジに踏み切る判断をしました」
「仙台支店でも東京の不動産課でも、異動のたびに想定と現実のギャップは必ずありました。ただ、そのギャップ自体が学びの源泉でした。仙台では工業団地移転事業という前例のない案件に飛び込み、東京ではノンリコースローンという未経験の領域をゼロから吸収しました。ギャップを感じたら、まず目の前の仕事で成果を出すことに集中します」
「全く問題ありません。仙台支店での約4年半の地方勤務も経験済みです」